滞った巡りを整え、
心身の余力を静かに取り戻す
意欲が湧かない、身体が重く感じるといった状態は、心身のエネルギーが消耗し、巡りが滞っている一つの現れかもしれません。
鍼灸による調整は、無理に心を引き上げるのではなく、「身体という土台」の巡りを助けることで、本来備わっている回復力を後押しします。
焦らず、一つひとつの反応を積み重ねることで、負担が軽くなる道筋を共に探してまいります。

目次
意欲が湧かない、身体が重く感じるといった状態に対し、東洋医学ではどのように心身を捉え、整えていくのか。その考え方と調整の道筋についてまとめました。

うつ病の捉え方:
気分と身体の反応が重なり合う状態
うつ病(抑うつ状態)は、気分の落ち込みだけでなく、理由の判然としない強い倦怠感や意欲の低下、あるいは興味の減退といった状態が一定期間続くものを指します。
東洋医学では、これらを「心の不調」として切り離すのではなく、身体全体の巡りや、生命を支えるエネルギーの蓄えが一時的に偏っている状態と考えます。身体と心は密接に関わり合っており、どちらか一方だけの問題として捉えることはいたしません。
【一人ひとりの異なる現れ方】
この不調は、眠りの質の低下や胃腸の働きの変化、あるいは頭の重さなど、人によって身体への現れ方が異なります。
例えるなら、身体を守り動かすための「燃料」が、巡りの滞りによって必要な場所へ届きにくくなっている状態といえます。画一的な対応ではなく、その方の心身が発している微細なサインを確認し、巡りの交通整理を行っていくことが大切です。

抑うつに伴う変化:
心と身体に現れる主なサイン
心理的な変化について
気分の沈み込みや興味の減退は、東洋医学では「心(しん)」の働きを支えるエネルギーが一時的に不足している状態と捉えます。
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意欲や集中力の低下:
これまで当たり前にできていた作業が難しく感じられたり、決断に時間がかかる場合があります。 -
喜びの感じ方の変化:
趣味や好んでいた事柄に対して、以前のような実感が得られにくくなることがあります。 -
例え:
心の「蓄電量」が低下し、新しい活動へエネルギーを振り分ける余裕が少なくなっている状態といえます。
身体的な変化について
東洋医学の視点では、精神的な負担は必ず身体のどこかに反応として現れると考えます。以下の不調が併発する場合、それらは個別の病気ではなく、一つの根っこから派生している可能性があります。
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眠りや休息の質の変化:
寝つきにくさや、休んでも疲れが取れない感覚が生じることがあります。 -
消化器や巡りの不調:
食欲の変化、便通の乱れ、頭の重さや肩の張りなどが現れる場合があります。 -
自律神経に関わる反応:
動悸や冷え、あるいは喉のつかえ感など、画像検査では捉えにくい違和感として現れることも少なくありません。

二つの視点:
「部分の状態」と「全体の巡り」による捉え方
不調を整えていく過程において、西洋医学と東洋医学は異なる角度から身体を観察します。それぞれの視点を知ることは、ご自身の現在の状態を多角的に理解する助けとなります。
西洋医学による観察
脳内の物質的なバランスや、神経伝達の仕組みに着目します。数値や画像など客観的な指標に基づき、変化を調整していくことを得意とします。
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主な方法:
お薬による調整や対話を通じて、過敏になっている部分を穏やかにし、日常生活の安定を図ります。 -
視点の特徴:
今起きている具体的な症状に対して、迅速な対応を検討します。 -
例え:
「点灯した警告灯を確認し、その原因となる部位を特定して調整を行う」ような、精密なアプローチといえます。
東洋医学による観察
身体を一つのつながりとして捉えます。心の揺らぎだけでなく、眠りや消化、冷えなど全身の反応を統合して、巡りの偏りを確認します。
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主な方法:
鍼灸などで身体の微細な反応を確認し、滞っている巡りを整え、内側に備わっている回復の力を支えます。 -
視点の特徴:
症状そのものだけでなく、その背景にある体質の変化を「面」として捉え、底上げを図ります。 -
全体の調整:
身体の土台を整えることで、結果として心の負担が軽くなる場合がある、という順序を大切にします。

環境の変化と身体の反応:
季節の移ろいと調整の視点
東洋医学には、季節の移り変わりが身体の内側に影響を及ぼすという考え方があります。気温や湿度の変化に対し、身体の適応が追いつかないとき、それが気分の揺らぎや心身の負担となって現れる場合があります。
特に秋から冬にかけて気持ちが沈みやすくなる場合、東洋医学では呼吸や巡りを司る働きの変化に着目します。この働きが落ち着きを欠くと、憂いや悲しみといった感情が呼び起こされやすくなると考えられています。
- 心身のつながり: 呼吸を司る機能は、東洋医学の視点では皮膚のバリア機能や、お通じの調子とも深く関わっています。
- 現れやすいサイン: 気分の落ち込みと共に、鼻の不調や乾燥、冷えなどが重なることがありますが、これらは身体の中で一つのつながりを持った反応として捉えられます。
鍼灸によって呼吸や巡りの土台を整えることは、単に一つの症状を抑えることではありません。滞っていた全体の流れを促すことで、結果として心身に現れていた多様な負担が、並行して和らぐ可能性を秘めています。
例えるなら、「流れの滞っていた水路の要所を整える」ことで、枝分かれした先々まで清らかな水が行き渡るようになる状況に似ています。身体全体の巡りが調和を取り戻すことで、心の状態も穏やかに安定していくことが期待されます。

巡りを整える準備:
心身の対話を通じた状況の確認
当院の鍼灸では、気分の落ち込みそのものを見るだけでなく、身体に現れている反応を丁寧に観察することから始めます。現在の身体がどのような状況にあるのか、その背景を紐解くための大切なプロセスです。
身体の声を確認する方法
「四診(ししん)」と呼ばれる伝統的な手法を用い、全身の巡りの偏りを確認していきます。
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視覚による確認:
お顔の色や、特に「舌」の状態を拝見します。これにより、身体の栄養状態や熱の偏りなどを確認します。 -
微細な音や呼吸の確認:
お声の調子や呼吸の深さから、身体の蓄えがどの程度保たれているかを測ります。 -
対話による共有:
眠りや食欲、日々の過ごし方など、身体が発している細かなサインを伺い、不調の全体像を整理します。 -
手による確認:
脈の重なりや、お腹の柔らかさを直接確かめることで、巡りの滞りの有無を判断します。
調整のねらいと方針
確認した情報を基に、お一人おひとりのその日の状態に合わせた調整を行います。
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滞りを穏やかに促す:
巡りが妨げられている箇所を特定し、緊張をほどいていくことで、心身の重さが和らぐよう働きかけます。 -
土台の回復を支える:
休息や栄養が正しく身体に行き渡るよう、内側の働きを整え、回復力を支えていきます。 -
身体に負担の少ない刺激:
非常に細い鍼や、心地よい温かさの灸を用い、身体がリラックスした状態(副交感神経が働きやすい環境)になるよう努めます。

養生の視点:
心身の余力を守り、巡りを助ける過ごし方
鍼灸による調整と並行して、日々の生活の中で身体への負担を少なく保つことは、回復の土台を作る上で大切な要素となります。何かを新しく始めるよりも、まずは今の負担を静かに減らしていくことを意識します。
落ち着きを取り戻すためのヒント
- 休息の質を優先する: 決まった時間に横になる習慣は、身体のリズムを整える助けとなります。眠れなくても、目を閉じて身体を休める時間を大切にします。
- 感覚への刺激を調整する: 強い光や絶え間ない情報は、時に心の静まりを妨げることがあります。夜間は照明を少し落とし、静かな環境で過ごす時間を増やすことを検討してください。
- お腹の状態を労わる: 温かく消化に良いものを適量摂ることで、内臓の働きを助けます。身体の内側を冷やさないことが、巡りを整える一歩となります。
- 静かな呼吸を意識する: 一日に数回、ゆっくりと息を吐き出すことに意識を向けるだけでも、身体の張りつめが和らぐ場合があります。
東洋医学における養生の目的は、偏っていた巡りを穏やかな状態へ戻し、身体本来の落ち着きを取り戻すことにあります。 「波立った水面が、時間をかけて静かになっていく」のを待つように、一歩ずつ進めてまいりましょう。

費用と調整の目安について
当院の施術は、身体の巡りを整え、内側からの回復を支えることを目的としています。 自由診療(保険外)となりますが、その時々の身体の反応に合わせ、丁寧な調整を積み重ねていくための設定となっております。
今のお身体がどのような状態にあるかを詳しく伺い、全体の巡りを確認した上で、調整の方向性を定めます。
前回の反応を踏まえ、その日の身体の揺らぎに合わせて微調整を行い、回復の歩みを支えます。
お身体を整えていくための、一つの目安
お一人おひとりの回復の早さは異なりますが、身体が新しいリズムを覚えるまで、以下のような段階を想定して調整を進める場合があります。
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導入の時期(週に1〜2回程度):
巡りの滞りが強く、負担が大きい時期です。まずは集中的に流れを促し、身体の緊張をほどくことを優先します。 -
安定への時期(週に1回程度):
少しずつ変化が現れ始めたら、間隔を保ちながら調整を行い、身体の土台を固めていきます。 -
維持の時期(2週〜1ヶ月に1回程度):
状態が落ち着いてきたら、その安定を保ち、季節の変わり目などの影響を少なくするためのメンテナンスへと移行します。
「荒れた土壌を少しずつ耕し、種が芽吹くのを待つ」ように、焦らずに身体の環境を整えていくことが大切です。 まずは現在の負担を少しでも軽くするために、計画的な調整をご検討ください。


院長プロフィール
中村 麻人(なかむら あさと)
札幌「東洋中村はり灸院」院長。
「森を見て木を治す」東洋医学の視点で、肩こり、腰痛をはじめ、生理痛・顔面神経麻痺・潰瘍性大腸炎・耳管開放症など、原因不明・治療法が限られる慢性疾患を中心にはり治療を行っています。
