自律神経は、私たちが意識してコントロールできない生命維持の要です。呼吸、消化、心拍、体温調節、ホルモン分泌などを24時間自動で司り、脳内の視床下部がその調整役を担います。

自律神経失調症は、このアクセルとブレーキの切り替えがうまくいかない状態です。 アクセル（交感神経）を踏みすぎたり、ブレーキ（副交感神経）が効かなくなったりすることで、体の自動運転に支障をきたします。

東洋医学では、この自律神経のバランスを「肝（かん）」の働きと深く関連付けて捉えます。

身体のサイン（交感神経の過緊張と機能低下）

交感神経の過剰な働きや、機能低下（副交感神経の不足）により、以下の症状が出ます。

• 循環器系： 動悸、息切れ、冷え、のぼせ。
• 頭・筋骨格系： 頭痛、めまい、肩こり、眼精疲労。
• 消化器系： 胃腸の不調（胃痛、下痢/便秘）、吐き気、喉の異物感（梅核気）。
• その他： 強いだるさ（倦怠感）、微熱、多汗、頻尿、耳鳴り。

東洋医学では、これらを「気・血・水の巡りの乱れ」として捉え、全身の機能回復を目指します。

心のサインと症状の移ろいやすさ

心の安定（東洋医学の「心（しん）」）が妨げられることで、情緒面にも不調が現れます。

• 情緒・精神面： イライラ、不安感、気分の落ち込み、意欲低下、集中力の低下、不眠。

症状の移ろいやすさ：
「頭痛が収まると今度は胃が痛くなる」「不眠が治るとめまいが出る」など、ひとつの症状が収まっても、別の症状が出る——という移ろいやすさが特徴です。 これは、自律神経という「コントロールタワー」の根幹が不安定であるため、その時々で「最も弱い場所」に不調が移動していることを示します。

「人」を診る発想とバランスの回復

西洋医学が症状の点（頭痛、動悸など）に注目するのに対し、東洋医学は「なぜその人が自律神経を乱したのか」という全体像を観ます。

• 陰陽のバランス： 交感神経（陽）の過剰な興奮や、副交感神経（陰）の低下といった偏りを、鍼灸で中庸（ちゅうよう：バランスの取れた状態）へと調えます。
• 気・血・水と五臓の調整： めぐり（気・血・水）と、心（精神）、肝（自律神経）、脾（消化）、腎（回復力）といった五臓の働きを底上げし、自力でバランスを取り戻す力を養います。
• 例え： 車の「アクセル（陽）」と「ブレーキ（陰）」の効き具合と切り替えのタイミングを正常に戻す修理を行います。

併発症状も横断的にケアできる強み

自律神経の乱れは全身の臓器に影響するため、一見無関係に見える症状も、東洋医学では同じ根っこから改善を目指せます。

• 頭部・筋骨格： 頭痛、肩こり、腰痛（筋緊張と血流滞り）。
• 循環器・内分泌： 動悸、冷え、のぼせ、PMS/月経不順（ホルモン変動）。
• 消化器・免疫： 胃腸の乱れ（胃の張り、便通）、風邪をひきやすい傾向（免疫低下）。

治療の成果は、症状の軽減だけでなく、全身のコンディションが上向くという形で現れるのが東洋医学の大きな特長です。

東洋医学の診断法：四診で見立てる

自律神経の乱れは多岐にわたるため、客観的な検査と主観的な訴えを統合的に評価します。

• 望診： 顔色、舌の状態、姿勢（緊張度）などを観察し、体内の熱や血の状態を診ます。
• 聞診： 声、呼吸のリズム、体のにおいなどの手がかりから、病の性質（虚実寒熱）を判断。
• 問診： 睡眠パターン、ストレスの揺らぎ、月経、便通など、自律神経の乱れを示す生活リズムや体質を整理。
• 切診： 脈や腹の反応を診て、五臓（肝・心・脾・腎）のどこに機能の偏りがあるかを最終的に決定します。

経絡治療の具体的なねらい

• 休息モード（副交感）への切替えを助ける： 過緊張をほどき、アクセル（交感神経）からブレーキ（副交感神経）への切替えをスムーズにするよう調整します。
• 土台の底上げ： 呼吸・消化・循環の土台（肺・脾・腎）を底上げし、外部の刺激にぶれにくい体質へと導きます。
• 穏やかな刺激設計： 髪の毛ほどの細い鍼と心地よい温熱の灸を使用します。痛み・熱感は最小限で、年齢を問わず受けられる穏やかな刺激により、施術自体が深いリラックス（副交感神経優位）をもたらします。
• 経絡治療は、自律神経の「自動運転システムの不具合」を、優しく再起動させるようなものです。