揉んだ翌日、かえって疲れるのはなぜか
揉んでもらった日はスッキリしたのに、翌日どっと疲れが出た——そんな経験はありませんか。
東洋医学では、揉む・押すという刺激を「取り除く」側の手当てと考えます。余っている方には合いますが、足りない方には向きません。翌日のだるさは、そのずれから起きていることがあります。
マッサージが体に良くないという話ではありません。合う状態と、合わない状態があるということです。ここでは、揉む刺激が東洋医学でどう位置づけられるのか、そしてなぜその場だけ楽になるのかを、順を追ってご紹介します。
揉む・押すは「取り除く」側の刺激
東洋医学の手技は、大きく2つに分かれます。足りないものを補う「補法(ほほう)」と、余っているもの・滞っているものを取り除く「瀉法(しゃほう)」です。
この分け方でいくと、揉む・押すという刺激は瀉法にあたります。外から力を加えて、溜まっているものを散らす方向のはたらきかけだからです。
余っている方には合います
実際に余っている状態、たとえば張って熱を持っているようなときには、揉まれると楽になります。散らすべきものがあるので、瀉法が理にかなっているわけです。
足りない方には向きません
問題は、もともと足りていない状態のときです。少ないところから、さらに外へ出してしまうことになります。その場は軽く感じても、翌日にだるさが残る。強く揉んでもらったあとに疲れが出るのは、こうした理由が考えられます。
長く不調を抱えてこられた方、疲れが抜けにくい方は、足りていないことが少なくありません。マッサージが良くないのではなく、いまの状態に合っていないということです。
なぜ、その場は楽になるのか
では、合っていない場合でも、なぜ受けている間は気持ちよく、その場は軽くなるのでしょうか。
お風呂のお湯にたとえると
マッサージは、お風呂のお湯を手でかき混ぜているようなものです。かき混ぜている間、お湯はたしかに動きます。体でいえば、気血が一時的に流れて、軽く感じます。
ただし、手を離せば、お湯はまた止まります。数日でもとの重さに戻ってしまうのは、このためです。動かしていたのは外からの力であって、体そのものが巡らせる力は変わっていません。
同じ場所が何度も凝る、揉んでもらう間隔がだんだん短くなる。そうした経過をたどっている場合は、かき混ぜ続けなければ流れない状態になっていると考えられます。
自動でかき混ぜる仕組みをつくる
必要なのは、手を離しても流れ続けることです。お風呂でいえば、自動でかき混ぜる装置をつけるようなもの。体でいえば、自力で気血を巡らせる力を取り戻すことです。
その力を担っているのが五臓六腑です。飲食物から気をつくるのが脾と胃、呼吸から取り込むのが肺、生まれ持った力を蓄えているのが腎。ここが弱っていると、いくら外から動かしても、手を止めたときに止まってしまいます。
補法で、はたらきを高める
当院が行っている経絡治療では、脈やお腹に触れてどの臓腑が弱っているかを見立て、そこを補っていきます。散らすのではなく、足すほうの手当てです。
当院がマッサージや整体を行わず、鍼とお灸だけで組み立てているのは、これが理由です。来られる方の多くが、取り除くより先に補うことが必要な状態だからです。
ただし、瀉法を使わないわけではありません。熱がこもっている、詰まっているといった状態には取り除く手技も用います。その日の体に必要なほうを選ぶ、というだけのことです。
揉んでも戻ってしまう方へ
その場は楽になるのに、しばらくすると戻ってしまう。揉んだあとにかえって疲れが出る。そうした場合は、いまの状態に手当てが合っていないのかもしれません。東洋中村はり灸院は、国家資格を持つ鍼灸師が東洋医学一筋で施術を行う、札幌の鍼灸専門院です。お気軽にご相談ください。
初回はカウンセリングに時間をかけ、お体の状態をしっかり把握したうえで施術を行います。LINEからいつでもご相談・ご予約いただけます。
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院長プロフィール

中村 麻人(なかむら あさと)
札幌「東洋中村はり灸院」院長・鍼灸師。
脈・腹などから全身の状態を見立てる伝統的な手法を軸に、その方に合ったはり・お灸を組み立てています。コリや痛みを引き算のように取り除くのではなく、足りない力を補って立て直すという視点を大切に、肩こり・腰痛から原因がはっきりしない慢性的な不調まで、体質そのものから整えることを目指してはり治療を行っています。
